まずは物事を謙虚に受け入れる姿勢である。現役生時代は高校のレベルがあまり高くないことも加担して自信過剰になっていた。しかし浪人して自分の至らなさを痛感し、予備校の先生の言うことをほとんど守るようにした。加えて予復習と課題も全部こなすようにした。これらのことによって勉強のペースを自然と掴むことができただけでなく、変なプライドを持つことなく他人から指摘されたことを受け入れられるようになった。
次に得られたものとしては、継続の大切さである。これも現役生時代に話を戻すが、当時は一日多大な時間勉強したら翌日はほとんど勉強しないなど、勉強時間が不規則すぎた。浪人時代はこれを改め、曜日ごとに同じ時間勉強できるようにスケジュールを組んだ。これにより、自然と継続的に勉強に取り組めるようになった。
ここで話は逸れるが受験勉強中の娯楽について話をしようと思う。先ほど曜日ごとに同じ時間勉強できるようにスケジュールを組んだと述べたが、日曜日は予備校の自習室が早く閉まるので、閉館後毎週ゲームセンターで音楽ゲームをしていた。
浪人生なのにそんなことをしている場合なのかと思うかもしれないが、浪人生活において何らかの娯楽は必要なのではないかと思う。
浪人生というと、最初にも述べたように世間のイメージは悪いものであり、本人は家族を含めた周りの圧力のせいで精神的にも追い詰められがちでいる。そのような極限の精神状態で受験を勝ち抜くには所々で休憩地点が必要なのは考えるまでもない。
ただし、この娯楽を設定するにあたって注意するべきことがある。一つ目はやるべきこと(予復習、課題等)を全部やった上で設定することである。二つ目は娯楽の頻度を毎日にせず、適度に間を空けることである。つまり、勉強が中心であることが大前提だということである。
怖い実例を出そう。浪人時代に同じように音楽ゲームをやっていた浪人生達の多くは出るべき授業の多くを切り、ろくに自習もせずに、毎日ゲームセンターに通い詰めて、生活の中心が音楽ゲームになっていた。結果は目に見えているが、その多くはもう一年、現在も浪人している。
この記事を読んでいるみなさんに対して言えることは、浪人しないことが最善であるということである。しかし、万が一浪人してしまったら、生活の中心が勉強ではなくなってしまった浪人にはならないことを願ってやまない。
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